今年のバレンタインデー
 今年のあの「バレンタインデー」がやってきました。
私が必ずもらえるのは、義姉の一つだけ。
彼女は体が不自由であまり色々なところに行けないので、そのかわり私が何処かに行くと、
いつもお土産を買って届けているので、その義理チョコです(笑)

 そうは言っても、最近の流行は行き届いていて、誰でも、こんな私でも他に今年も仕事の関係や、昔の仕事関係とかでいくつか貰っています(貰えそうです)。
今年の義理チョコの流行、一番お安いところはこれかな(笑)

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 近所の特売スーパーマーケットチェーン、サンディで87円!! (笑)
 某テナントのお姉さんから、そして日頃いつも顔をみるご近所さんのおばさまから、それぞれいただきました。

 もちろん、もう少し高価なものも少しはいただいてますが。
最近はGoogleさんもちゃんと忘れないように注意喚起に検索サイトで宣伝してくれるし。

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まあ、日本ならではの習慣?(私の知っている限り欧米では男性が女性に花を贈るとかいうのがあったような気がします)。
Googleさんもよくおつき合いしてくれるものです。

最近は1月もそこそこ早い時期からチョコレート特設売り場がデパートや商店街にできてますよね。あんなに早くから買ってどうするの?

 一方、これは本命専門でしょうが、前回もご紹介しましたが、チョコレート・洋菓子有名ブランド店には真剣勝負の女性の行列が。
直前になると凄いことになってます。


 この習慣、たしか、私が中学生の時にはすでに庶民生活にかなり定着していたような気がします。最初に貰った一個、意外な女の子から貰ったのでよく覚えています。懐かしい想い出ですね....

# by ktokuri | 2019-02-14 11:35 | 個人生活 | Trackback | Comments(0)
春節で商売あがったりの一週間
 この一週間、中國では旧正月、いわゆる春節です。香港の知人は、彼の地でお年玉袋を大量生産。
日頃顔を合わせる人たち未婚者と思われる皆さんを中心に友人はもとより、会社のガードマン、マンションの管理人、
昼飯を食べる食堂・行きつけのカメラ屋さんの店員まで、ご祝儀?を渡すことになるとか(笑)、大変な習慣です。

 私も今は物流の世界で仕事しているので、中国が機能停止しているこの時期は比較的暇。電話も少なくてゆっくりです。
連休にはブラブラと神戸の中華街である南京町を覗きに行きました。

 竜が踊ったりするイベントをやっているはずですが、街の中を通り抜けただけの動画なので、繁盛している様子しか
写ってませんので、お許し下さい。雨の中、とても繁盛してましたよ。時間があれば少し点心ものでも辛子ドッサリつけて
食べ歩きしたかったのですが、雨が降っているのと時間が迫っていたので諦めました。旅行者の皆さん元気ですね。

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 その後、北野へ出かけて、ラヴィニューでオーダーしていた義姉が待ちに待っているバースデーケーキを受け取って帰ってきました。バレンタインデー直前に神戸を代表するチョコレートが得意なこのお店は凄い人。雨の中、道を渡るところまで傘の行列が...
女性の方のこの凄い想いが成就することを祈ってます(笑)

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 私もおすそ分けをもらいました。さすがにチョコレートの深みが違う。美味しかったですよ。例年は港近くのモンプリュにオーダーしていましたが、先日クリスマスケーキをモンプリュにしたので、今回はラヴィニューでよかったです。

 仕事が少し時間的に余裕があるので、パソコンのハードディスクの中を整理し軽くしたり、ホルダー内のデータを整理したり、Google DriveやDropboxのファイルを整頓したり...
 春節が終わると、米中貿易交渉が本格化します。それで不景気になるとみんな大変です。
 


# by ktokuri | 2019-02-13 17:18 | 個人生活 | Trackback | Comments(2)
苦手なもの 三題
 大病をしたせいで、お酒が飲めなくなりました。
自分なりに一生分飲んだんだ(その割には少ないか(笑))と割り切って、
今は飲み会ではウーロン茶やノンアルコールビール、ジンジャエールでOKです。
割り勘負けする面はありますが(笑)

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 もともと、私には苦手なものが幾つかあります。今、すぐに思いつくのが三つほど。

まず、高いところ(笑)
 親に昔きいた話としては、子どもの時には平気だったようですが、
金沢に住んでいた小学校低学年の時、やんちゃで高い木に登っていて落ちて、
それからダメになったみたいです。
 ただ、本当に不思議なことですが、阪神淡路大震災の時、避難所にした勤労市民センターの
体育館の天井の吊し物の高所処理(落ちてきたら危ない)や水漏れしたバルブのハンドルを
絞めに行くため、むき出しの高層階へのハシゴを上がる処理...そんなときに
は全く気にならずに登っていました。周りの人が「余震がこのとき来たら、あんた終わりやで!」
と呆れていましたが、どうってことなかったのです。まあ、有効期間一週間であっという間に
その「超能力」は失われましたが(笑)。極度に緊張していたのでしょう。

 次に、大変失礼なことなのですが、「水商売の女性・風俗営業系」
 お金払って、隣に座ってもらう...とか、愛想いいように話してもらうとか..全くダメなんです。
昔は仕事で東京で色々な人に会うとき、銀座や赤坂みたいなところにも行ったり、
施設の責任者になって、忘年会していると二次会とかで、
隣に座ってくれる女性がいる店に行ったりという経験もあったのですが、全くダメ。楽しめないどころか、
ずっと座っていることさえできません。生理的にダメなんですね。
友人には「その人たちもそれで生活しているのだから全面否定は失礼だぜ」と言われるのですが、
どうしても経済活動と、そういうこととがクロスする面でダメなんですね。
スナックはおばあちゃんに限る(笑) もちろんそれ以上のサービス?のところは行ったこともありません。

 3番目は、これまた変なのですが「口の中」。長めの歯ブラシダメ、
歯医者でも奥歯の治療は麻酔。胃カメラはかならず麻酔(安定剤)をセットしないと、
大変なことに。一度でドクターストップになりました(笑)。
鼻から細い管のカメラを入れてもらってなんとかやっていたのですが、
今は「ヤク(薬)」に頼るしかありません(笑)
でも、そのカメラに今回は命を救ってもらいました。不思議な因果です。
 いつもお医者さんにはご迷惑をおかけしています。


# by ktokuri | 2019-02-07 11:24 | 個人生活 | Trackback | Comments(0)
「温故知新」とは言うけれど...切り替えないと
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 年代として歳がかさんでくると不思議と昔のことにこだわりがちです。
昔、「今までこうしてきた」「このときはこんなに大変だった」という話を、
うなづき小僧のように聞かされてきた体験が多かったですが、気がつくと、
今は自分が同じような語り口になっています。過去のことばかりで「今は空っぽかい?」という自問が聞こえてきます。

 神戸の街の中でも大好きな場所、「高架下」商店街。
西側は以前から寂れていてちょっとアジアンテイストなディープな雰囲気が漂っていました。
それが個人的には気に入ってました。ただ都市の有効利用、街の魅力という点ではもったいない気もしてました。
耐震性は「あの阪神淡路大震災でも大丈夫だった」のだから...と思うこともありますが
(いちおう当時、倒壊家屋の処理に関わる仕事をしていました)時間経過もありますし、全国的にも密集商店街での火災例が
増加する中(私の愛すべき阪急十三や京都祇園の盛り場でも大火災が)、
防犯機能も合わせてなんらかの手を打つべきという意見も理解できます。
私の青春時代からの思い出、港町らしいレトロな雰囲気ではすまないことなのかもしれません。

 先日、高架下商店街を歩いて、いよいよ再開発・再構築に着手という雰囲気を見ながらそう思いました。


 一方では、神戸のハーバーランドのテナント商店街ビルや横浜のみなとみらいの街を思い出すと、
どこにでもあるような新たしい盛り場の特徴のなさを感じて、私の年代には居場所がないような寂しさも感じます。
トーンのなさがいいのだろうか。ヨーロッパに遊びに行き、アメリカや香港、シンガポールの商店街の様子を
YouTube等で観る時、別にこんな違和感は感じないのですが。
銀座や横浜元町、上野に行くとホッとする自分がいます(笑)

 ぜひ、神戸の高架下は、単なる雑然とした雰囲気にならず、以前の、あるいは上野や浅草のようなとは言わないまでも
テーマパーク的な発想も入れていい雰囲気を作って欲しいと思いっているのですが。
ただ、これもよくよく考えると、年代による感性の差、ゼネレーションギャップなのかもしれません。

 それでも私としては、これからさらに歳を加えるに従って、過去に依存する「みっともない年寄り」にはなりたくない、
今を語る、これからを知ろうとする感性を忘れずに持ちたいと。脳みその中はそのための経験や
過去の記憶でありたいと思うところです。


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 感性と想いとのジレンマです。はるか昔、パソコンが初めて家庭に入ってきた頃、人間をPCのメモリにたとえて、
「あの人はROMだ」「彼はRAMだ」という暗号のような喩えがありました。
「リードオンリー」は出力だけで、思うこと・知っていることを聞く相手のことは構わず、
様子も見ずに自分のしゃべりたいことをずっとしゃべり続ける人。
「ランダムアクセスメモリー」は出力も柔軟で、かつ、ちゃんとその場で取材して、受け応え。その情報も取り込んで、話をできる人。
「飲み会」用語でしたが、この言葉の世代の人間としては、今、もう一度これを思い出さないといけないと。

 神戸の高架下を歩きながら、自分の心に問いかけておりました。

 
※写真は以前、旅行で訪れた出雲市での撮影です。私のセンスの「古いイメージ」で(苦笑)


 

# by ktokuri | 2019-02-06 13:59 | 街角ウオッチング | Trackback | Comments(0)