カテゴリ:想い( 27 )
赤い迷路
 「赤い迷路」というと、古くて恐縮ですが山口百恵のドラマのタイトル。ほぼ同じ年代で、テレビで観ていた記憶があります。
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 でもこの迷路は薔薇の花。覗くと、その花びらの中に迷いみちが映ります。実際は柔らかい真紅の花びらの集まり。
でも見る心が迷路を描くのです。花言葉は「熱烈な愛、真実の愛」..でも、それが難しい。

 昔、幼年時代、少しの間、金沢に住んでいたことがあります。
この城下町の小さな平屋建ての家には猫の額ほどの庭があって、前の住人がそれはそれは素晴らしい花壇を造っていました。
私の母は薔薇、その中でも取りわけ真紅の薔薇が大好きで、その庭に植わった薔薇を一心に世話していました。
 私は、その薔薇の花びらに蠢く虫をじーっと飽くことなく眺めていた記憶があります。
美しい路を行ったり来たり、虫は美に耽って喜んでいるのか、出ようともがいているのか..
外に出るのは簡単なようにみえますが、抜け出てしまっては虫の生が終わるような感覚もあって危うく見えるのです。

 般若心経では、色即是空、空即是色と言いますが...
 私はキリスト教徒ですしね...
                      Olympus E-300 50mmf2.0+P.S7.0
by ktokuri | 2005-09-12 21:09 | 想い
通りで聴いた歌..去りゆく夏に少し想いがあって
 昼下がり、元町通で耳に入ってきた歌。
 誰でも知っている歌なんだ...でもこの日聞こえてきたのは何故なのか..
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『 困ったように 笑いながら ずっと迷ってる人がいる
 頑張って咲いた花はどれも きれいだから仕方ないね
 やっと店から出てきた その人が抱えていた
 色とりどりの花束と 嬉しそうな横顔』

 私は迷ってはいない。
 好きな花はいつも一つ。今まで、そう種類はないのです。
 野辺に咲く露草と紫の薔薇...この二つだけ。

 そんなことを考えながら、今日も仕事でした。

OlympusE-300 11-22mmf2.8-3.5


by ktokuri | 2005-09-09 22:44 | 想い
われわれは何処から来たのか、われわれは何者か、われわれは何処にいくのか
タイトルはボストン美術館所蔵のゴーギャンの傑作からお借りしました。
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 今年は友人に不幸が続きました。2週間前の月曜日、夏の疲れをとるために休みをとって楽しく、くつろいだ時間の後、家に帰ると留守電話に友の訃報。驚くと同時にやはり...という想いもありました。ずっと制癌剤をとり続け、もう数年になるのでしょうか。最初は自覚症状があっても検査では出てこない、そんな状態が続いていたようですが、病院を転々として、やっと状況が把握されて闘病生活を続けていました。そんな中、いつ会ってもほがらかに振る舞っていた彼だけに、ちょっと想いは複雑です。

 昨日は、予定していたスケジュールがキャンセルになったので急に時間があいて、その友人のところにお参りに行ってきました(この表現は仏教的すぎるかな..)。お通夜にも葬儀にも出られませんでしたので...
 私よりわずかに年上で、五十歳にもならない若さで亡くなったのはとても残念です。

 私には友人、知人が多くいますが、もともと自分のことはあまり深く話しません。相談もしません。親兄弟には、ましてや...という感じです。誠実に接して、嘘はまず、つかずに話をしますが、踏み込んで欲しくないことには、はっきりそう言って一線はひいてしまいます。
 でも亡くなって自然に帰った友人には色々と、勝手ながら心の中で相談します。昨日もそんな感じ..今、迷っていること、悩んでいること...生きているうちには話せなかったことを、心の中で彼に話して帰ってきました。
 
 私は、宗教観もあるのでしょう。自分の人生で残されている時間は「生かされている時間」と思ってます。その機会を与えられているなら、つまらないことを考えず、思い出さずに、できるだけ楽しく、自分の想いが人の迷惑にならない範囲で、良き出会い(これは必ずや悲しい別れで精算されるものでしょうけども..人生が無限でない以上..)や楽しみの時間を設計したらいいと思います。
 迷うこと、不安なことはもちろんありますが、持てる者だからこそ失うのが怖い、今、持っているだけで幸せなことなんだ...と思うことにしたいと感じます。

 まあ、そんな偉そうなこと書いてますが、実はいつも自分の中ではグダグダ..亡くなった彼の前もまだ見栄を気にしていたのかもしれませんね。

 (写真は記事内容とは関係ありません Olympus E-300 50mmf2.0
by ktokuri | 2005-09-04 10:52 | 想い
辛いこともある、嬉しいこともある...
 今日は平凡な一日の筈だった...そう、珍しく...家に帰るまでは...

昼ご飯はインド料理のメンフィルに職場の同僚と出かけ、それなりに楽しく....
夕方には仕事の調整もうまくいって、今日は楽勝...って感じかなあってね。

 ところが、家に帰る電車の中で電話....友人が亡くなった。共通の友人のというか三人みんな大学の同級生からの知らせ。東大阪で交通事故。相手は信号無視。先ほど病院の霊安室で久しぶりに対面したところ。なんで...
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 気を落としてビジネスホテルの一室で皆さんのブログを先ほど回覧。するととても楽しい記事があって...悲しいときでも人間は笑えるって、子供のときに知っていたけど、久しぶりにその気持ちを味わいましたよ。
 明日は葬儀に出て帰ります。昼からは神戸。

OlympusE-300 Sumilux50mmf1.4


by ktokuri | 2005-07-19 21:56 | 想い
福知山線(宝塚線) 今日から復旧
 今日から復旧したのですね...あのとき、ニュースが流れての驚きと、知り合いの家族の遭難を聞いてのさらなる驚き..
 過去のことになっていくのか...
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 昔、仕事で事故でお子さんを亡くした人たちとズーッと長期に話をすることがありました。私は仕事のかかわりがあるだけで直接に責任があるわけではないけど、色々な想いを聞きながら何年もおつき合いをしていきました。今でも命日にはお話をしています。やはりかけがいのないものを失った人の悲しみ、想いは永遠に続くのだと思います。
 いつまでもくよくよしていても何も進まない、残された人は明るく、元気でいる恵みに感謝して暮らさなければならないと思いますが、失った人の悲しみを忘れてはいけない、同じ時代に立ち会った者として、私が忘れないことが大事なのでは...と思っています。 Casio Exlim EX-P600
                                          
by ktokuri | 2005-06-19 21:30 | 想い
「人生は涙の泉」
 タイトルはヴェルディの歌劇「シモン・ボッカネグラ」の一節です。
今日はその涙の泉の一コマでした.....
 JR宝塚線の脱線事故の犠牲者、私の友人の娘さんのお通夜に出かけました。
最後まで、「生きているよきっと」...ってメールや携帯電話で話していたのですが、今となっては辛い思いを加えていたかと思うと申し分けなかったかと思います。
 彼女の遺影を見て、想うことはひとつ。生きている者は、生かされているのだから自分の今のひとときを大事にしなければならないと....
 文句ばかり言っていたり、何事にもネガティブに対したり、いつもの自分の姿勢が色々な意味で後悔されます。
私より遙かに若い人が天に召されなければならない、それなのに自分は生きている、なんか割り切れない、でもそれが現実...
 本当にがんばらないと...そして今の時を与えられていることに感謝しないと...
by ktokuri | 2005-04-28 23:11 | 想い
あの災害からはや10年
 皆が覚えているあの日から10年が過ぎた。あのとき揺れる中で私は何を考えていたのだろう。周りで何十人も亡くなる中、瓦礫を掘り返し生き埋めの人を探し、火の中見知らぬ子供の手を引いて逃がしたあのときからもう長い年月が経つ。避難所で救急車まで病人を運び、亡くなった人の荷物を親族に渡し、逝った人の分もいつかきっとすばらしい街に...と思ったあの気持ちは今も私の中にあるのだろうか。
 新しい街が出来て、美しい街になって、その中で何も知らない若い人たちが自由で伸びやかに暮らしていく。それでいい、それが良い...そう想いながらも、生き延びた人間として辛い記憶に真っ正面から向かっていきたい。10年経てば忘れるけじめ。他の土地の人にはそう言っているけど、多くの神戸に住む人がそうであるように、私にとってもこの1月17日は歳を重ねていくたびに想いのある日になる。
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 神戸でも、あの時、最も被害の大きかった地域での公園開きセレモニー。
 子供たちの歓声が亡くなった人たちへの一番の慰めではないだろうか(Canon G3)
by ktokuri | 2005-01-17 05:46 | 想い