カテゴリ:想い( 26 )
今年もこの日がやってきます
 今年もこの日がやってきます。あの日、我が家の窓の下に見えた最初の光景(昨年の記事の再掲写真)これが、スタートでした。
毎年、この日に、この光景が目に浮かんできます。今回は、その日の朝のことを思い出してみたいと思います。
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 私は今まで、人生の大パニックのときには何故か心の安全装置が作動して自分でも気味が悪くなるほど冷静になります。恐怖や痛みを感じる部分が壊れてしまうような....これは幼いときに母親を亡くしたときからの性癖かもしれません。
これを感じる時々に自分を冷たい人間と思うのですが。

 十二年前のそのときも、まずガスの元栓と電気のブレーカーを切って、住んでいたマンションから火が出ないかどうか、確認するために階下に降り、しばらく待機。そして、マンションのエリアから出て、壊れて落ちた、家屋の2階がまるで人の首のように、街の道路にゴロゴロ転がっている中、知り合いの家がどうなっているか、その住民はどうなっているか、外から大きな声で呼んで安否を確認しました。
 その後、冷蔵庫の中にあったピーナッツとおかきをポケットに詰めて、職場に急遽でかけるべく、三宮まで歩いていく身支度をしました。帰りのためにポケットにミニ懐中電灯、ベルトにはコンタックスT2(カメラ)。同居人には「寒いけど火事が出たりしたらいけないから、窓は少し開けるように」と言い残して、家を後にしました。今考えても、ほぼ完璧なスタート。地下鉄に乗って職場に行くと言い出して(そんなもの止まっているに決まっている)、大混乱の同居人とは次元が違う冷静さ。普段はこんなにしっかりしてないのだけどね。

 自宅の前には 倒壊した建物が並んでいました。歩き出すと、もうそこここで、「助けてくれ」「おばあちゃんが下敷きや」などの声が聞こえました。悪夢をみている自分に指示する醒めた自分がいました。「これは手伝える」「これは手伝っても無理」と...何人かを家の柱から掘り出したり、、「ちょっとここに来てやって下さい」と言って、周辺の人を集めたり。火の回っている建物から年寄りと子どもをみんなと一緒に引っぱり出したりしながらどうしてこんなに冷静なのか、自分でも気味が悪かった。自分には感情がないのかと思いました。
 しかし、それでも一番ひどいところでは流石にシャッターを押す気にはなれませんでした。撮すより駆け寄っていく気持ちが強かったです。

 1時間ほど歩いて繁華街近くに出ると、そこはほぼ無人の世界でした。たまに人とすれ違ってもお互い無言のまま。そこで初めて自分の姿、格好に気が付きました。上着の左手がベットリ血糊がついて、前髪は少し焦げていました。瓦礫に埋もれている人を助け出すのはとても大変で、こんなときに、ホラー映画で使われる自動ノコギリがあればどれだけ楽だろう..なんて考えていました。
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コンタックスT2


栄町通に出ると、洋風の風情のある銀行の建物がありました。正面から見たとき、ああこのビルは大丈夫だったのかと思って見上げると、なにやら不自然。よく見てみると舞台装置のように皮一枚が残って、かろうじて建っていました。周りには一つの人影も見えません。まるで一瞬にして人類が死滅したという設定のSF映画に出てくる都市のようでした。遠くで消防車のサイレンだけが社会の動きを伝えていました。ほとんど無音で静かなのです。その銀行からなのか、キャッシュディスペンサーから飛び出した小銭が道の周辺にコロコロと転がっていました。札束はだれか抜いていったのかな...などとボンヤリ思いながら、本来だったら人通りの多いはずのこの時間、私以外には、誰もいない、冷たい風が強い街の中をスタスタ歩いていきました。
この異次元のようなシュールな世界。写真がなければ、今も思い出すと夢ではなかったかと思う光景。

 そして、それから、何日もたちました。私は行き掛かり上、避難所の所長さんのような仕事をしていました。それまでで、たくさんの人の死に立ち会ってきましたし、何日も一緒にいて語り暮らしたのに「ああ、この人とは二度と会えないだろう」と送り出すこともありました。
 そんな中でうれしいこともありました。長田の人たちはとても優しくて、たまたま来日していて巻き込まれた中国の人たちが避難所に泊まりに来ると、最初は「悪さするんじゃないか?」と心配していたのに、私が「あなた達との間に私が寝るから大丈夫だよ」と言っている間に、そんなこと無用、食べ物を渡したり、「寒くはないかい?」と毛布を探してきたり...ああ、神戸の人たちは暖かい..とよそ者の私も涙が出てきました。
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コンタックス IIIa ビオゴン21ミリ


この間の日々、私は神戸の人たちと一緒にいるという一体感でなんとか支えられていた気がします。
 毎年言ってますけど、この日のことを「忘れたい」「思い出したくない」という人もいますが、私は絶対に忘れることはありません。誰かが想っていれば、命を落とした人たちも、その想いの中にいるのだと、思わずにはいられないのです。
by ktokuri | 2007-01-17 05:46 | 想い | Trackback(1) | Comments(18)
謹賀新年!!
新年あけましておめでとうございます

 今年は亥年ですね。図案が難しいし、実際神戸の山中で何回かお遭いしましたが、愛想もないので、イノシシはやめました。
 韓国ではブタ年だそうな...で得意のぶたキヤラコレクションから...
 今年はこの図柄のTシャツが私の正月の晴れ着です 本来は女性向きでしょうが(°°)☆\(--メ)バキッ!

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 新年めでタイということで.....昨日あわてて買った...
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 という適当な図案のブログ年賀状でした お粗末...m(__)m
by ktokuri | 2007-01-01 10:36 | 想い | Trackback | Comments(14)
今年もルミナリエが終わりました
 昨年のタイトルは「今年もルミナリエが始まりました」と、「ルミナリエ撮影隊」でした。
 今年は空振りの日を一回紹介しましたが、一昨日一人でブラブラ行ってきました。今年は独りで行きたい気分だったので...
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 昨年、「ルミナリエ撮影隊」では一眼レフのデジカメ持って、結構気合い入れて撮ってましたが、今年はCanon Ixy900isをポケットに入れて、ちょっとセンチに歩いていました。なぜか端境の日だったのか、あまり混雑せずにスイスイ歩けましたけど。
 こういう人工光源を撮るのには、できるだけいいレンズが付いたカメラを使う方が切れのいい写真が撮れるので、Olympus E-500のようなカメラをぶら下げた方がよかったのでしょうけど、静かに歩くのにはIxy 900isの方が似合いでした。
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 そういえば1回目のルミナリエ、ガラガラの日に出かけ、一方通行の規制もなく行ったり来たり...あのときは震災で亡くなるのに立ち会った人の顔が次々に浮かんで悲しい記憶が蘇りましたが、一方では穏やかな光が嘘のように静かな世界を作っていて、不思議に感じながらも自分の中でちゃんと二つが調和していたことが心に残っています。
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 昨年から今年にかけては、友人が何人か亡くなったこと、事故や事件にかかわったこと、なんか不思議な時間を過ごした気がします。新しい出会いもあり、前からの友達とのつきあいもあり、孤独ではないのですが、ルミナリエの中を歩きながら思い返すうちに妙に心寂しい想いに囚われました。
 昔から親しくつきあっている友人たちとしばらく会ってないことを思い出したり、自分が大切に想う人たちとのつきあいを、さらに大事にしていきたいという気持ちが自然と強くなってきました。一年の計は元旦にあり...ですが、私の場合はこのルミナリエがそんな感じになるのでしょうか。人のつながりや今までの出会いを振り返る歳になったのかもしれませんね。もう、そこそこいい歳ですから....
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 そう、毎年のネットにルミナリエを載せるときのお約束なのですが、種明かしのような人の波を載せておきます。
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 それともう一つ、ルミナリエ以外の街の灯もお約束ごと。今回は琴ノ緒町付近を撮ってみました。一眼レフのごついレンズで撮れば、光の切れはさらによくなりますが、今年は少し曇り気味でも、こんな写真の気分でしたからいいのではないかと....

Canon Ixy900is


by ktokuri | 2006-12-21 21:06 | 想い | Trackback | Comments(12)
神戸のイメージキャラクターは??
 神戸のイメージキャラクターというとなんでしょう。オリックスのネッピー君じゃないだろうし、
タイガースのトラッキー君や常磐貴子はやはり「西宮」でしょうし...(ついでに私もそうかも)...浅野ゆうこや鈴木杏樹、藤原紀香でもあるいまし。
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 そんなときに兵庫国体ではなかなかのハバタン人気。これからも兵庫県で使うとか..
結構ひょうきんなキャラクターですよね。
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 これは結構笑えましたよ。
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 神戸市独自というと対抗馬はこのワケトンでしょうか。ゴミを分けて出しましょう...というキャンペーンのキャラクターですが、可愛いと言うより、ちょっと憎々しげなのが逆にチャームポイントというか個性。
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 ワケトンサポーターという少年探偵団まで引き連れてますよ。油断ならない...
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 それと新長田の再開発のキャラクター、鉄人二十八号。故 横山光輝氏が神戸出身なので震災復興まぢつくりの最終局面でのシンボルに採用されたようです。
ちょっと地味だけど.....
by ktokuri | 2006-10-18 20:45 | 想い | Trackback | Comments(6)
体感する秋の空気は
 今年は残暑がなくて、とても過ごしやすい気候。本当にありがたいのですが、秋の気温は人の寂寥感を高めます。
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 たとえば、自然の豊かな私の職場のまわりでも秋の訪れが、冬を予感させるように涼しい風となって花を揺らせてます。
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 そして夜の都会に戻ると、妙に人の足音がこだまして聞こえてくる。今年は寒い冬になるのでしょうか。
そして秋の味覚、松茸もそろそろでしょうね。
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 とりあえず、今日は秋刀魚にしておきます。予算の都合もありますので(°°)☆\(--メ)バキッ!
                                                        ....お粗末様でした。
by ktokuri | 2006-09-25 21:22 | 想い | Trackback | Comments(14)
夏の風鈴
 だんだん朝夕の風が肌寒くなりました。
それで部屋の窓にぶら下げていた風鈴を外すことにしました。
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今年は少し引退が早い感じがします。
秋風にぶら下げておくのもいいかと思いますが、これも季節ものですから。

 なんとなく万葉の歌姫、額田女王の歌を想い出します。
「君待つと わが恋ひをれば わが屋戸の すだれ動かし 秋の風吹く」

 うちの風鈴はデザインが、みてかくの如しですからこういうロマンチックな風情はないのですが、
想いの人から便りがないのは寂しいものです。なんとなくしみじみとする情景が浮かびます。
 けっきょく、これからは「食欲の秋」かな?
by ktokuri | 2006-09-21 14:22 | 想い | Trackback | Comments(10)
今年もこの日がやってきました
 今年もこの日がやってきました。11年前...
あれは三連休の終わったウィークデーの初日、大きな揺れで立ち上がることもできない状態で、目が覚めたのでした。
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 マンションのベランダから観た日常の風景は一変していました。     ContaxT2
火災を心配して着の身着のままで階下に降りると、道路の真ん中に家屋が散乱してました。
まさに悪夢を観ているような...
 この日は長い一日でした。神戸の街中を歩き回り、多くの人と多くのことを行い、何をしてどうなったのかは、異常な心理の中、記憶の中でも定かではありません。
この日から多くの人に接しました。私の腕の中でなくなった人もいます。
辛い体験、哀しい想い出がいっぱいですが、忘れるわけにはいきません。
一方ではこの日から多くの出会いがありましたし....
それが今の自分の人生、生活、考え方につながっているのだと思います。
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旧板宿駅跡 どこからか舞い降りた雨傘   7年夏      Leica M6 Sumilux 35㎜f1.4 asph

 
 神戸の人たちの中にもこの日のことを「忘れたい」「思い出したくない」という人がいますが、
正面を向いて、絶対に忘れることなく生きていかなくてはならないと私は思っています。
私たちが忘れなければ、その想いの中にあのときに命を落とした人たちも生き続けているのだと...

 
by ktokuri | 2006-01-17 06:21 | 想い | Trackback(5) | Comments(18)
新年明けましておめでとうございます 今年もよろしく
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今年が多くの人にとって、素晴らしい一年になりますように
 
  そして多くの人のブログで、楽しい記事が読めますように、素敵なコメントがありますように。

         私も少しでも楽しい日々をこの神戸という都会の片隅でおくりたいものと念じます。
by ktokuri | 2006-01-01 07:35 | 想い | Trackback | Comments(12)
ふたたびカメラクラッシュ・・・〓■●
 今日、思い立って京都に展覧会をみに行ってきました。一つは国立博物館で開かれていた「最澄と天台の国宝」展
 久しぶりに仏教文化の展覧会を観ました(先日、興福寺の国宝館には行きましたが)。文化の厚みに感心。
 もう一つは京都駅の美術館で開催されていた「よみがえる中国歴代王朝展」これも密度の濃い展覧会で感動しました。
 ただし、手元に持っていたE-300を美術館のコインロッカーから荷物を取り出す際に落下させて、再び入院させることになってしまいました。二度目ですからねえ。ちょっと重傷です。E-500買うかなあ。レンズ(14-55㎜)が無事だと良いのですが...カメラも動きはしていたのですが、ボディにはヒビがいって、ファインダー接眼ガラスが割れてしまいました。前回の修理費と今回の修理費でE-300がもう一台買えそう...(^^;
 
 三宮に帰ってから、久しぶりにカメラキチのお友達(本日は山の辺の道に中版カメラ担いで行っていたとか..)と合流して和食屋さんへ...写真談義をしていました。
 彼はここを読んでくれているのにコメントしてくれないので、ちょっと催促。
彼曰く「ここに載せているのはあなたの本来の写真じゃないから」と言います。
確かにブログ用の撮り方だから、観る人がよくわかるように撮ることが一義的で、創作として撮った写真を載せるつもりはないので、そう言われるとそうなんですけどね。
 いつも言っていることですけど「気分は岩波写真文庫」..ってことで、作品として撮っているわけではありません。そこが彼にはかんに触るようです。
写真ギャラリーのブログではないのは最初からのお約束のつもり。あくまでここのブログは「生活」を載せて、それにわかりやすい写真を、はじめからブログ用に撮っているのですから。
ここの写真で上手い下手言われるのは私には、その人の写真の価値感の押しつけなんですよね。
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 私も昔、学生時代にアルバイトで雑誌社行っていたし、今の仕事でも10年少し前は雑誌編集を結構長いことしていたから、こういう撮り方がある...って思っているのですが、彼はどうもそれが気にくわない様子。
「意図的に眼の高さに固定して撮っている」とか「説明的に撮るのは迎合的」とか責められてちょっとタジタジしました。
 
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 ちょうどこの間も他でそんな話があって、どうも理解してもらえないところなんですよね。
自分の写真の発表を展覧会でしかされてない人には理解してもらいにくいかもしれませんけど、私のように印刷物から入った人間には違った考え、写真のあり方があります。
 そういうあり方の差は、説明してもわかってもらいにくいので、いつもは適当に話し合わせて議論しないことにしているのですが、若い時からのコンクール仲間なので、ついついしつこく議論してしまいました。
 まあ、まだ若い証拠ですけど...

 ※上の二枚の写真は、彼が本日行ったであろう、白毫寺の夕方の写真です。
 山辺の道の北コースもまた行ってみたいなあ。  Casio Exlim EX-P600
by ktokuri | 2005-11-03 23:24 | 想い | Trackback | Comments(14)
赤い迷路
 「赤い迷路」というと、古くて恐縮ですが山口百恵のドラマのタイトル。ほぼ同じ年代で、テレビで観ていた記憶があります。
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 でもこの迷路は薔薇の花。覗くと、その花びらの中に迷いみちが映ります。実際は柔らかい真紅の花びらの集まり。
でも見る心が迷路を描くのです。花言葉は「熱烈な愛、真実の愛」..でも、それが難しい。

 昔、幼年時代、少しの間、金沢に住んでいたことがあります。
この城下町の小さな平屋建ての家には猫の額ほどの庭があって、前の住人がそれはそれは素晴らしい花壇を造っていました。
私の母は薔薇、その中でも取りわけ真紅の薔薇が大好きで、その庭に植わった薔薇を一心に世話していました。
 私は、その薔薇の花びらに蠢く虫をじーっと飽くことなく眺めていた記憶があります。
美しい路を行ったり来たり、虫は美に耽って喜んでいるのか、出ようともがいているのか..
外に出るのは簡単なようにみえますが、抜け出てしまっては虫の生が終わるような感覚もあって危うく見えるのです。

 般若心経では、色即是空、空即是色と言いますが...
 私はキリスト教徒ですしね...
                      Olympus E-300 50mmf2.0+P.S7.0
by ktokuri | 2005-09-12 21:09 | 想い | Trackback | Comments(10)