16年目の1月17日
 毎年来る1月17日。年を経るに従って矛盾した二つの気持ちがわき起こってきます。
多くの人の死を見てきた、立ち会ってきた私としては、この日を迎える気持ちは大事にしたい。

 しかし、一方では、饒舌なマスコミ、ファッションのように哀悼を顕すネットの表現には食傷気味でもあります。
 先日、たまたま見たドラマでは、あの震災の被災地が舞台になっていましたが、防空ずきんのようなものをかぶって逃げ回る人々の姿を見て、愕然ともしました。あのときとはまるで違う光景。

 街の中の不気味な静けさや、本当に濃い夜の闇、周りでそここで火災が広がっていく中、ただただ歩く人たちの列。そんな記憶から逃げることもできずにいます。
 
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 今でも見ることが出来る三宮の景色。この日、その翌日は、本当に悪夢のような光景でした。
 手元にあるアルバムをスキャナーでひろってみると、こんな具合。センター街も三宮神社も、本当に今、元気な姿になってよかったです。

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 今日も当時お会いした人たちの家をお訪ねしました。「今年も会えて良かった」と言ってくれたおばあちゃん。
当時は子供だったのに、今はいいお母さんになった人のおうちで、商売ものの親子丼をいただいて帰りました。
 苦しかったとき、先が見えないときに支え合った人たちとの今年のふれあい。
そんな記憶が、私の黙祷のかわりです。正午に黙祷はしましたが、ブログであまりしたり顔はしたくありません。


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by ktokuri | 2011-01-17 20:23 | 想い | Trackback | Comments(4)
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Commented by monopod at 2011-01-17 22:58
うむ、語りたくないこともありますね。僕自身は小市民的ですが忘却したいです。
Commented by senshikibow at 2011-01-18 19:04
三宮はこんな風になっていたのですね。
被災してから、5月に娘が生まれるまで、バタバタしていて正直言って、あまり記憶がないと言うのが泉式の感想です。
恥ずかしい話ですが、自分のことで精一杯。
周りを見渡すゆとりがありませんでした。
Commented by ktokuri at 2011-01-23 10:26
monopodさん、私も直接的な事実をいつまでも言い続けるのはどんなものかと思います。
この件は口を動かすのではなく、文字で書くだけでなく、何をするのかだと。書くこと、口に出すことが免罪符にはならないような気がしています。
Commented by ktokuri at 2011-01-23 10:28
senshikibowさん、たしかに被災してしばらくはマスコミ、情報から遮断されていました。我が目で見たことだけが、情報だったと思います。
私は自分の被害は少なかったのですが、すぐ近くの周りの人たちとのことで手一杯でした。
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